高度なAIを開発する上で、重要なのが優れたデータセットの用意です。AI開発における有用なデータの収集作業は大きなウェイトを占めており、その結果の良し悪しを大きく左右するプロセスでもあります。今回は、十分なデータを用意できない時でもAI開発をスムーズに行うための、ファインチューニングと呼ばれる手法について、ご紹介していきます。ファインチューニングとはファインチューニングは、AIが目的を達成するために十分なデータセットを確保できない場合に活躍する手法の一つで、ニッチな分野のディープラーニングを実践する際などに用いられています。事前学習で既存データを有効活用ファインチューニングを実践する上で重要なのが、事前学習の実践です。事前学習とは、あらかじめAIに関連のある様々なデータを読み込ませておき、その上で本来求めていた目的に合わせた運用を進めようという手段です。ファインチューニングの実践の上で例にあがりやすいのが、自然言語処理です。人間の場合、生まれた時から膨大な言語情報に触れ、五感を使ってそれらを解釈し、学んできた経験があります。一方でAIに自然言語を理解させようとすると、すぐに用意できるようなデータセットだけで人間レベルの処理能力を身に付けさせることは困難であることは想像に難くありません。かといって、人間のように何年もかけて自然言語を理解させようとすると、膨大なコストがかかるため、ビジネス向けの運用には適していないのです。そこで実施されるのが事前学習で、無作為にデータをあらかじめ読み込ませておくことで、特定のタスクを実践する際になっても、高い精度とスピードで学習を進められるようになります。ファインチューニングの仕組み事前学習の後の工程として必要になるのが、ファインチューニングです。ファインチューニングは、無作為に読み込ませた大量のデータから適切な答えを導けるよう、正解のラベルが貼り付けられた教師データを新たに読み込ませ、パラメータをチューニングする工程です。ファインチューニングは、主にニューラルネットワークと呼ばれるディープラーニングの基礎となるシステムに対して適用されます。学習済みモデルをニューラルネットワークへ読み込ませることで、AIはある程度の特徴量を確保できている状態に仕上がります。そこでファインチューニングを実施し、最終出力層のみを付け替えることによって、タスクに適した特徴量の発見を、最短で行えるようになるというものです。必要なタスクに応じて教師データを取り替え、パラメータを再設定することで、柔軟なAI開発を実現できるようになるのがファインチューニングです。新しいタスクごとにデータを一から学ばせる必要がないので、効率の良い手法と言えます。ファインチューニングのメリットここで、ファインチューニングを実施するメリットについても見ておきましょう。ファインチューニングの実施は、主に以下の二つの強みを生かすために採用されています。教師データが不足していてもAIを運用できる一つ目のメリットは、教師データが不足していてもAI運用が可能であるという点です。通常、AI開発を高度に進めていくためには、学習のためのデータを単に用意するだけでなく、高品質な教師データを用意しておくことが必要です。教師データは、正解ラベルが貼り付けられており、学習のために最適化されている状態であることが求められます。データであればなんでも良いというわけではなく、AI向けにデータセットを整備しておかなければなりません。そのため、教師データの用意には時間や費用がかかるため、AIの開発にかかる時間やコストの多くは教師データの確保に追われてしまいます。一方、事前学習とファインチューニングを組み合わせた学習方法を採用することで、十分な教師データの量を揃えなくとも、質の高い学習をAIに提供することができます。雑多なデータといくつかの教師データがあれば、膨大な教師データを揃えた時に近い品質の学習を実現できるというわけです。複雑な課題解決にも応用できる二つ目のメリットは、より高度な課題解決もAIで実現可能なるという点です。機械学習は一見すると完璧な仕組みを備えているようにも思えますが、適切なデータがなければ高度なAIの開発はかないません。データがなければAIを開発できないということは、人類にとって未知の分野であったり、データ化されていない情報を多く必要とする分野においては、まだまだAIの活躍は制限されているということです。しかし、こういったシチュエーションにおいてもファインチューニングを実践することで、高度なAI開発を実現できます。この手法は単純にコストの問題で教師データを収集できない場合だけでなく、データ化しづらい課題にAIを適用する場合でも役に立ちます。例えば製造業の現場においては、機械の異常予測の精度を高めることで、メンテナンスコストを最小限に抑えたり、製品のクオリティを向上させたりすることが課題とされています。異常予測は一見するとAIによって簡単に解決できそうな課題ですが、ここで問題となるのが、異常の予兆に関する教師データの圧倒的な不足です。異常は実際に発生してみなければそのことに気づくことはできず、原因もケースバイケースで様々です。そのため異常の気配を一つのデータとして捉えることは難しく、AIが事前に察知して防止するというのは、高度な技術とされています。しかし教師データがなくとも、ファインチューニングによって異常発生のリスクを低下させることは可能です。事前に機械の摩耗率や連続稼働時間のデータを読み込ませることで、以上を検知できる仕組みをAIによって実現すれば、深刻なダメージが発生する前にメンテナンスを実行することが可能です。ファインチューニングの活用によって、これまでよりもさらに広範なデータ活用の機会が与えられたとも言えるでしょう。転移学習とはファインチューニングと似たような取り組みの一つに、転移学習と呼ばれる学習方法も存在します。ここでは転移学習の仕組みやその強みについて、ご紹介します。転移学習の仕組み転移学習は、ある領域で獲得した学習効果を、別の分野の課題に対しても転用することで、機械学習の負担を小さくしようという取り組みです。AIの学習データは必ずしも常に別個のものを用意する必要はなく、学習内容や目的によっては同じプロセスで能力を身につけることになります。転移学習はそんな二度手間の負担を小さくし、少ないデータでAIの開発を行えるようにするための学習方法です。転移学習のメリット転移学習のメリットは、なんといっても効率の良いAI開発が行える点にあるでしょう。ファインチューニング同様、転移学習を活用することで、AIの学習スピードを飛躍的に高められます。データ収集にかかるコストを既存の学習モデルを転用することで削減できるので、新たにデータ収集と読み込みを一から実施する必要はありません。特定の分野において、複数のタスクに使えるAIを複数開発したいというニーズなどに応用できるなどの活用方法が検討できるでしょう。自動車の画像を特定できるAIをすでに開発しているのであれば、自動車の種類を特定できるAIを開発するのにそのモデルが役に立ってくれるはずです。また、転移学習を実施する場合には既存のAIモデルを転用することになるため、データ量が少ないだけでなく、計算量も大幅に削減できます。これまでディープラーニングのような高度な機械学習は、高い処理能力を持ったハードウェアが必要とされてきました。しかし転移学習であれば最低限の学習で高度なAIを構築できるため、十分な環境構築ができなくとも確かな成果を得やすいのが特徴です。転移学習のデメリット転移学習は優れた効率化を促してくれる反面、懸念すべきデメリットもあります。例えば、転移した学習モデルが必ずしも良い結果をもたらすとは限らず、AI構築に悪影響をもたらす可能性もあるということです。転移して活用したいモデルが転移先との関連性に劣る場合、AIは上手くデータを活用することができず、期待していたようなパフォーマンスを発揮しないことがあります。あるいは、適切な転移プロセスを踏まないことで、やはり精度の低い学習結果しか得られないということもあるのです。また、教師データを一つの目的に特化して、一から読み込ませたAIに比べると、精度面や期待値については劣ってしまう点も見られます。コストパフォーマンスに極めて優れ、余裕を持って改善できる環境があれば転移学習は積極的に活用するべきですが、過度な信頼にはリスクが伴う点に気をつけましょう。ファインチューニングと転移学習の違いファインチューニングと転移学習は、どちらも似たようなプロセスを経てこれまでの学習の蓄積を新たな目的に転用できるよう促します。両者を明確に分け隔てているポイントとしては、どれだけパラメータに変更を加えるか、というところになります。ファインチューニングの場合、学習モデルのニューラルネットワークにおける出力層の最終部分を付け替え、出力層のパラメータと入力層に近い部分のパラメータも変更する必要があります。一方の転移学習は、出力層のパラメータのみを変更し、新たな学習モデルを作成します。出力層以外のパラメータは固定した上で活用するため、柔軟性の上ではファインチューニングにやや劣ります。とはいえ、元の学習モデルと類似性の高いモデルを新たに作成する場合、転移学習が役に立ってくれるでしょう。ファインチューニングと転移学習が注目される理由このように、ファインチューニングや転移学習にスポットライトが当たるようになったのは、必要とされる機会が増えたためです。なぜこれらの技術が重要になっていったのか、その理由を考えていきましょう。ディープラーニングの台頭一つ目の理由は、ディープラーニングの台頭です。より高度な機械学習を実践する上で、ディープラーニングは大きな役割を果たしています。自動運転や自然言語翻訳など、複雑なタスクに対応できるAIを開発する上では欠かせない技術ですが、実現のためには高度な環境を用意しなければなりません。性能の良いハードを拡充することはもちろん、複雑な試行錯誤を実施できるスキルに優れたデータサイエンティストやエンジニアが必要になる他、学習を行うための膨大なデータを要しなければなりません。そんな要件を少しでも簡単にクリアするため、近年採用されるようになってきたのがファインチューニングや転移学習です。AI開発における負荷を軽減することで、開発のスピードアップや、優秀なデータサイエンティストの採用などを促進し、より優れたテクノロジーの実現に力を入れることができています。教師データの必要性の高まり二つ目は、教師データの需要が大いに高まっている点です。優れた機械学習を実現する上では教師データの拡充が大きな意味を持っているため、AI開発を進めたい組織が真っ先に確保を急いでいるのも教師データです。ただ、一方であらゆるタスクに対応できるほど、今日ではまだ十分な教師データが整っていいるとは言えません。教師データがなくともAIを開発できる仕組みづくりに力を入れなければということで、ファインチューニングや転移学習を採用するケースが増えてきています。ファインチューニングの懸念点ファインチューニングは転移学習と合わせて信頼されている技術の一つですが、やはりこちらの手法にも懸念点があります。計算負荷が大きい一つ目は、大きな計算負荷が発生するため、ある程度開発環境の整備に力を入れなければ高度なAI開発は行えないという点です。ファインチューニングは教師データを用意する負担を削減してくれる一方で、転移学習に比べてパラメータ処理が増えるため、環境への負荷が大きくなる問題を抱えています。GPUによる計算処理を実施するなど、ディープラーニングが十分行える状況でなければ、ファインチューニングの有効活用は難しいでしょう。設備投資が必要になる高度な計算にも耐えうるマシンを用意するとなると、GPUサーバーの導入など、ある程度の初期費用を確保しなければ満足のいく環境は整備できません。試験的にAIを開発してみたいという場合でも、ある程度の初期投資は必要になってくるため、ファインチューニングのような高度な技術を実装するとなれば、コストはどんどん大きくなります。そのため、ファインチューニングを実践する際にはAI開発の環境がある程度整っている場合を前提として、前向きに検討する方がベターです。精度では教師あり学習に及ばない可能性がある三つ目の懸念点が、教師あり学習で構築した学習モデルに比べ、ファインチューニングで構築した学習モデルが劣ってしまう可能性があるという点です。転移学習を実施した際には、期待していたようなモデル構築ができない可能性があるというデメリットを紹介しましたが、似たような懸念はファインチューニングにも存在します。転移学習よりも計算負荷が大きいため、精度面では優れていることが期待できますが、通常の学習モデルには劣る場合があることを頭に入れておきましょう。そのため、十分な教師データを用意できる場合には、初めから教師あり学習でモデルを構築した方が都合は良いでしょう。優れた教師データを確保する方法優れた教師データを確保するためには、以下の二つの方法が一般的です。順に見ていきましょう。他社のデータセットを購入する一つ目は、他社が販売しているデータセットの購入です。教師データの需要拡大に伴い、豊富なデータの蓄積がある会社からは無償でのデータセット提供や、有償での提供も増加傾向にあります。データセットを購入するだけで、高品質な教師データをすぐに用意し、AIに学習させられるため、最も簡単な方法と言えます。自社のニーズがニッチな分野である場合、上手く当てはまるモデルがすぐ見つからない可能性がある点には注意しましょう。アノテーションサービスを利用する二つ目の方法は、アノテーションサービスの利用です。アノテーションサービスは、既存のデータを教師データとして仕上げてくれる代行サービスで、自社では対応が難しい場合でも頼りになる存在です。自社のデータを使ってAIを構築したいが、良い教師データが外部で見つからない、あるいは自社ではデータ作成が間に合わないという場合に、活躍しているサービスです。優れたアノテーションチームに依頼して高品質な教師データを得られる事例も次々と登場しており、積極的に活用したいところです。FastLabelでは、AI開発の高速化を実現する高品質なアノテーションセンターを提供しています。国内有数のAI開発会社で経験を積んだチームを自社で独自に結成することで、迅速かつ高い精度でのアノテーション業務のお引き受けが可能です。要件定義からアノテーション後のフォローまでと、コンサルティング支援も含めて機械学習の運用をサポートしていますので、必要の際にはお気軽にご相談ください。おわりに今回は、ファインチューニングの活用方法や、運用時のメリット、デメリットなどについてご紹介しました。教師データのニーズは高まっている一方で、タスクが専門的になればなるほど、それらを用意することは困難になります。ファインチューニングは教師データが満足になくともAIの構築が可能になる技術で、多くの企業で採用されている手法です。ただ、ファインチューニングの実践には高度な計算が行える環境を整備する必要もあります。自社でまだAI開発の体制が整っていない場合は、アノテーションサービスなどを利用して、教師データの確保を進めた方が効率的である点も覚えておきましょう。